1900年

1914~1933年

画像:自動鋳造機(四つ足)
自動鋳造機(四つ足)

【主な出来事】

  • 1914年(大正3年)文明社印刷所 創業
  • 1923年(大正12年)関東大震災により本社工場焼失
    仮工場にてすぐに事業復旧
  • 1924年(大正13年)本社工場再建、操業再開
  • 1927年(昭和2年)外国語学校の教科書受注
    株式会社加藤文明社印刷所に改称

「創業時のお話」

初代の社長は警視庁に勤めていましたが、友人から会社を引き継ぐこととなり、印刷所をはじめました。当時の職工さんはとても荒っぽく、日給制で毎日給料がでていましたので、翌日来ない人もいました。また工場での喧嘩も絶えなかったのですが、警察出身の初代社長が木刀をもって工場を歩き、職工さんをまとめていました。

1930年

1934~1953年

画像:火災後復旧社屋の上棟式
火災後復旧社屋の上棟式

画像:昭和27年頃の文明社一階印刷工場
昭和27年頃の文明社一階印刷工場

【主な出来事】

  • 1934年(昭和9年)最新式全自動鋳造機6台購入
  • 1939年(昭和14年)本社工場より失火、全焼
  • 1940年(昭和15年)本社工場再建 操業再開
  • 1944年(昭和19年)山梨県に工場疎開
  • 1945年(昭和20年)空襲により本社工場焼失
  • 1946年(昭和21年)本社工場再建 操業再開

「原点のお話」

製品に対してこだわりが忘れられていると感じたことがありました。校正紙ひとつの出来にしても、活字ののりがばらばらだっりしていました。そこで活字を鋳造するところから取り組み、品質を上げていきました。こだわりを持ち続けること。これが原点です。

「疎開、再開のお話」

戦時中は活字の母型も鋳造の機械も山梨県に疎開させて守り抜きました。戦後戻ってきた東京の会社は焼け崩れており、鉛も全て溶けて地面に埋まっていました。一日でも早く復興するようにと、溶けた鉛を掘り起こして精製し、活字を作り直しました。これらのことがあり、戦後かなり早い段階で、印刷を再開することができました。

1950年

1954~1973年

画像:竣工した本社新ビル
竣工した本社新ビル

画像:ハイデルベルグRZO菊全二色オフセット印刷機
ハイデルベルグRZO菊全二色オフセット印刷機

【主な出来事】

  • 1955年(昭和30年)新宿区東五軒町に新宿工場建設
    浜田精機B横全判高速輪転機を設置
    東京機械A縦倍判高速輪転機を増設
  • 1961年(昭和36年)文明社社内報 第一号創刊
  • 1962年(昭和37年)50週年記念祝賀会
  • 1963年(昭和38年)埼玉県八潮村(現 八潮市)に野球場施設購入
  • 1964年(昭和39年)東京機械A横倍判高速輪転2号機設置
  • 1965年(昭和40年)本社ビル第一期工事(3階建)完成
    東京機械モノタイプ1号機増設
  • 1966年(昭和41年)独ハイデルベルグ二色機2台新設
    B全判断裁機設置
  • 1967年(昭和42年)新宿工場隣接地に、新宿輪転工場ビル完成
  • 1968年(昭和43年)独ハイデルA全判枚葉二色輪転機新設
    桜井式自動B全判活版印刷機設置
  • 1971年(昭和46年)本社ビル第二期工事(6階建)完成
    独ハイデル菊全判オフセット二色機を新設
    オフセット印刷開始
    企画・デザインの株式会社ACCを設立

「活版のお話」

活字の版は印刷物と全て逆向きになります。最初は慣れるまで非常に難しく、とても時間がかかりますが、熟練の速い人はリズムをとりながら1時間に1000本以上活字を拾うことができました。活字が入っている文選箱には一番使用する頻度が高い「の」の活字が真ん中に置いてありました。

1970年

1974~1993年

画像:竣工した「st.vanff」
竣工した「st.vanff」

【主な出来事】

  • 1974年(昭和49年)日立A倍判オフセット輪転機新設
  • 1979年(昭和54年)st.vanffビル落成
  • 1982年(昭和57年)桜井高速オフセット印刷機オリバー8導入
  • 1983年(昭和58年)足立区入谷に足立工場建設
  • 1985年(昭和60年)電算写植システムCTS導入
  • 1986年(昭和61年)本社にてCTS展を開催
  • 1988年(昭和63年)活版印刷廃止
  • 1989年(平成元年)マルチメディア映像ソフトの企画・制作開始
  • 1990年(平成2年)三菱四六判半裁四色機新設
    企画・編集業務から画像処理の株式会社BMSを設立

「TYPE is TALK.」

文字には心があります。詩、小説、手紙など伝えたい内容によって、また読む相手によって、文字の大きさや行間などを変えていきます。組みには全て意味があります。こうすることによって、ページが語り、文字が語り出すのです。この心を忘れてはいけません。

「オフセットのお話」

活輪の時代は32ページものであれば約18時間にも及ぶむらとりの作業が発生していました。その後、新宿ではオフ輪一色機、足立にはオフ輪二色機を導入し、生産性が劇的に向上しました。現場は印刷機の能力を最大限引きだすのが仕事です。当時の技術者は刷り上がりに対して、活版は文字に柔らかさがあり、オフセットはシャープで堅くなる印象を持ちました。

「時代がかわっても」

アナログの組版を知っているという強みがあります。扱うツールが変わっても、組版の基本は変わりません。どんな時も結果をイメージして仕事を行うことができるのです。

1990年

1994~2015年

画像:新宿生産センターのCTP
新宿生産センターのCTP

画像:足立生産センターの輪転印刷機
足立生産センターの輪転印刷機

【主な出来事】

  • 1994年(平成6年)足立区入谷内の現在地に足立工場を移転し「足立生産センター」発足
    「新宿工場」から「新宿生産センター」に名称変更
  • 1995年(平成7年)コーポレートサイト構築
    デジタル組版・出力体制の整備・構築
  • 1996年(平成8年)CD-ROMソフトの企画・制作開始
  • 1997年(平成9年)クロスメディア事業部発足
  • 1999年(平成11年)DTPフルデジタル化体制へ移行
  • 2001年(平成13年)日本経済団体連合会へ入会
  • 2002年(平成14年)CTP導入
  • 2003年(平成15年)A縦全判 四色オフセット輪転機 増設
  • 2004年(平成16年)足立生産センターにてISO14001取得
  • 2005年(平成17年)FMスクリーン対応開始
  • 2006年(平成18年)プライバシーマーク取得
  • 2007年(平成19年)新宿生産センターを枚葉機専用工場に改装
    新宿生産センターにCTP導入
  • 2009年(平成21年)第44回造本装幀コンクールにて文部科学大臣賞を受賞
  • 2010年(平成22年)足立生産センターにCTP導入
  • 2011年(平成23年)新宿生産センターに全自動調色機を導入
  • 2012年(平成24年)カラーユニバーサルデザイン(CUD)賛助会員認定
  • 2013年(平成25年)商工会議所50年永年会員となる
  • 2014年(平成26年)PM3(プリメディアキューブ)立ち上げ
  • 2015年(平成27年)新本社 K-STAGE竣工

「100年の時間、これからの時間」

会社が100年続く間には、働く人も何世代も交代しつつ、社会や技術の進化にあわせて、自分たちが変わり続ける必要があります。社是「一流の品格、一流の信用、一流の製品」があるおかげで、安心して次の世代に託すことができます。

 

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